紺谷浩のホームページ
略歴
業績リスト(英文・和文)
リンク
最終更新日:2020年3月25日
●鉄系高温超伝導体の研究: 超伝導発現機構および電子ネマティック秩序
「鉄系超伝導体における「軌道の物理」の新展開」 大成誠一郎、紺谷浩、日本物理学会誌
軌道ネマティック秩序の理論 ―FeSeや各種鉄系超伝導体の統一的理解―」 山川洋一、紺谷浩、固体物理 <超伝導の新しい潮流> 特集号
51, pp. 77-92 (2016)
2008年2月に細野秀雄氏が発見した鉄系超伝導体は、現在Tcが60K(原子層FeSeでは100K超)まで上昇し、世界中で爆発的に研究が進んでいる。そこではFe-Asの2次元層が電気伝導および超伝導を担っている。下に鉄系超伝導体の状態相図を示す。電子系の回転対称性が自発的に破れた電子ネマティック状態が実現し、隣接して高温超伝導状態が実現する。電子ネマティック状態の起源と超伝導発現機構が、最前線の研究における最重要課題であるが、従来の標準的手法である平均場近似では理解不可能である。
そこで我々は、平均場近似を超えた多体効果である「バーテックス補正」に着目した。Aslamazov−Larkin (AL)型バーテックス補正を自己無撞着に計算するself-consistent vertex correction (SC-VC)法を開発し、この問題に取り組んだ。その結果、電子ネマティック状態の正体が、鉄のd軌道が整列した「軌道秩序」であることを見出した[論文82]。特に、FeSeにおいて実現する「磁性秩序を伴わない電子ネマティック秩序」の再現に成功したことで、軌道秩序説の正当性が明白となった[論文104]。
超伝導発現機構については、平均場近似はフェルミ面間の超伝導ギャップの符号反転を伴なう「s+-波状態」を予言する。しかし状態相図を再現できない平均場近似による予言が信頼できる保証は無い。そこで我々は、AL型バーテックス補正を考慮した超伝導発現機構の研究を開始した。軌道秩序相の終点のそばでは、軌道自由度の量子力学的な揺動である「軌道揺らぎ」が発達する。我々は軌道揺らぎを引力源とする、超伝導ギャップの符号反転を伴わない「s++波状態」の理論を提唱した[論文63]。
符号反転を伴うs±波状態は、不純物によるバンド間散乱によってTcの大きく減少するはずである[論文59]。ところが多くの鉄系超伝導体では不純物によるTcの減少はMgB2並みに小さく、「s++波状態」の可能性を示唆する。なお、中性子非弾性散乱スペクトルにおいて超伝導状態で観測されるピーク構造が、s±波状態におけるギャップの符号反転を観測した共鳴ピークであるという解釈がしばしばなされる。しかし観測されるピーク構造はかなりブロードであり、Tc以下における非弾性散乱の減少がω>2Δにもたらす
「オーバーシュート」として、s++波状態としても自然に説明可能である[論文60]。
![]() |
鉄系超伝導体の典型的な状態相図。我々は平均場近似を超えた多体効果(=AL型バーテックス補正)を考慮した理論を構築して、電子ネマティック秩序の正体が軌道整列現象であることを明らかにした[論文82]。軌道秩序相の終点の近くでは、発達した軌道由来を引力源とするS++波状態が出現することを見出した[論文63]。 |
●銅酸化物高温超伝導体における擬ギャップ現象
銅酸化物高温超伝導体をはじめとする、伝導電子間に強いクーロン相互作用が働く金属は、強相関電子系と呼ばれる。強相関電子系は高温超伝導をはじめ、新規物性現象や新機能創発の宝庫であるが、その理論解析は容易ではない。強相関電子系の研究において、汎関数繰り込み群理論は大変有力な理論手法であるが、その適用はこれまで簡単な電子系に限定されてきた。我々は、汎関数繰り込み群理論の改良・拡張を行なうことで様々な強相関電子系を解析し、研究成果を上げてきた。
我々は汎関数繰り込み群法を銅酸化物高温超伝導体に適用し、電子状態の解明に取り組んだ。下に銅酸化物高温超伝導体の相図を示す。状態相図の広い範囲で、状態密度が低下する「擬ギャップ相」が実現し、擬ギャップ相の内側で電荷密度波が凍結したCDW秩序が実現する。擬ギャップの正体と、CDW秩序の起源の解明は、現在の高温超伝導体の研究における中心課題である。我々の研究により、CDW秩序の起源が平均場近似を超えた多体効果であるAL型バーテックス補正であること、CDW秩序の正体が酸素のp軌道の電子密度が凍結した「p軌道秩序状態」であることを明らかにした[論文102]。本理論により、走査トンネル顕微鏡(STM)で観測された電子状態の再現に成功した。
我々は更に、擬ギャップ相の正体の解明に取り組んだ。汎関数繰り込み群法の計算精度の向上により、擬ギャップ温度T*において、強的なp軌道秩序状態(電子ネマティック秩序)が生じることを明らかにした。本理論は、京大松田研の磁場中トルク測定により見出されたT*におけるネマティック秩序を満足に説明する。
銅酸化物高温超伝導現象(d波超伝導)の起源は、電子のスピン自由度の量子的揺らぎ(スピン揺らぎ)である。我々の研究により、高温超伝導のみならず、CDW秩序や電子ネマティック秩序もスピン揺らぎを起源とする物理現象であることがわかった。異なる秩序や揺らぎが干渉・協調して、高温超伝導体における豊かな物理現象が発現する。例えば、CDW秩序や電子ネマティック秩序の終点近傍では、強い電荷揺らぎの発達が期待される。銅酸化物高温超伝導体の高い超伝導転移温度(Tc)は強いスピン揺らぎと電荷揺らぎの協力により実現している可能性があるなど、今後の研究の進展が期待される。
![]() |
銅酸化物高温超伝導体の状態相図。擬ギャップの正体と、CDW秩序の起源の解明は、現在の高温超伝導体の研究における中心課題である。我々は汎関数繰り込み群理論を適用し、CDW秩序の起源がAL型バーテックス補正であることを見出した[論文102]。更に、擬ギャップ相の起源が強的なp軌道の整列(電子ネマティック状態)であることを見出した。 |
●異常ホール効果、スピンホール効果
「遷移金属における異常ホール効果、スピンホール効果」紺谷浩、平島大、井上順一郎、日本物理学会誌 65 (2010) 4月号
金属中では外部磁場による正常ホール効果に加え、様々なホール効果が発現する。例えば強磁性金属では磁化に比例したホール電流が発生する「異常ホール効果」が、また常磁性金属では電流を伴わないスピン流が発生する「スピンホール効果」が観測される。これらの外部磁場を必要としないホール効果には、不純物によらない物質固有の値を示す内因性ホール効果と、不純物散乱を起源とする外因性ホール効果がある。これらは輸送現象における原理的問題として、またはスピントロニクスにおけるデバイス開発の観点から、近年ますます盛んに研究されている。
国内外の実験グループによる、Ptをはじめとする各種遷移金属における「巨大スピンホール効果」の発見は、この分野の研究をいっそう加速した。我々はいち早く理論研究に取り組み、まず4d遷移金属化合物であるSr2RuO4がPt並みに大きな「内因性スピンホール効果」を示すことを導いた[45]。(これは遷移金属におけるスピンホール効果の初めての理論研究である。)その起源は、伝導電子がd軌道の角運動量に由来するベリー位相―軌道Aharonov-Bohm(AB)位相−を獲得する結果、巨大な有効磁場を感じることにある。更に4d,5d遷移金属のスピンホール効果を網羅的に解析し、巨大な内因性ホール効果が普遍的に出現することを見出した[46]。我々の理論的予言は、その後の大谷研による精密測定により確認されつつある。
またパイロクロア化合物Nd2Mo2O7に代表される、互いに傾いたスピン構造を示す金属では、巨視的磁化に比例する従来型の異常ホール効果から大きく逸脱し、「微視的スピン構造がもたらす非従来型ホール効果」として注目を集めてきた。その起源として、3スピンの非共面性(non-coplanar)に由来するスピンカイラリティー機構が提唱された。しかしその
機構はスピンの傾き角θの2乗に比例し、θ≪1であるNd2Mo2O7では小さいことが予想される。その説明として我々は軌道AB効果に基づく理論を提唱した[58]。非共線的(non-collinear)スピン構造が電子に与える軌道AB位相により、θに比例した巨大な「非従来型ホール効果」が出現することを示した。この機構により、Nd2Mo2O7やPr2Ir2O7における特異な異常ホール効果は自然に説明可能である。
4d,5d遷移金属における、スピンホール伝導度(SHC)の理論計算結果[論文46]。nは電子数で、d電子数はnd=n-1である。我々は、SHCの符号はLS結合の期待値に比例することを見出した。フントの第3規則より、nd>5(more than half-filling)の時はSHCは正、nd<5(less than half-filling)の時はSHCは負である[論文53]。
|
|
軌道AB効果の説明:パイロクロア化合物Nd2Mo2O7において、Cサイトで電子がyz軌道からzx軌道へと乗り換えるとき、軌道の位相差を獲得する。一周した際に生じるベリー位相-3(3/2)1/2θが「軌道AB位相」である。その結果、傾きθに比例する、顕著な「非従来型ホール効果」が発現する[論文58]。 |
●銅酸化物高温超伝導体における輸送現象: 異常金属相及び擬ギャップ現象の起源
「高温超伝導体の異常金属相における輸送現象の理論 ─フェルミ液体論に基づく統一的理論─ 」 紺谷 浩、日本物理学会誌 58 (2003) 524.
「準2次元重い電子系化合物の非フェルミ液体的電子輸送現象」仲島康行、松田祐司、紺谷浩、固体物理42 (2007) 107
1986年の銅酸化物高温超伝導体の発見以来、異常金属相と呼ばれるTc以上の領域における電子状態の解明が主要なテーマであった。その領域では様々な物理量が異常な振舞い(非フェルミ液体的
挙動)を示すが、とりわけ各種輸送係数の特異な振舞いは重要な問題として盛んに研究されてきた。例えばホール係数は通常金属では準粒子の「緩和時間τ」が打ち消しあうため温度変化しないが、高温超伝導体では広い温度領域でキュリー・ワイス的な振舞いを見せる。さらに、電子ドープ系のフェルミ面はARPESやバンド計算によりいたるところ「ホール的」であるにもかかわらず、負の値をしめす。これらの振舞いは単純なボルツマン近似(緩和時間近似)では全く説明ができないため、しばしばフェルミ液体的描像の破綻の証拠とみなされることが多かった。例えばP.W.
Andersonは2種類の緩和時間が存在する非フェルミ液体と考え、話題を呼んだ。
しかしボルツマン近似は原理上、強相関電子系の解析には不十分である。そこで我々は久保公式に基づいてカレントに対する「バーテックス補正」を正しく解析する手法により、この問題を考察した。その結果、従来の輸送現象の理論では単なる定量的補正を与えると考えられてきた「バーテックス補正」が本質的に重要 な役割を持つことがわかった。高温超伝導体では、ホール係数のキュリー・ワイス的な温度変化はバーテックス補正によりもたらされる。特筆すべきこととして、輸送現象に効く電子の速度(バーテックス補 正を考慮した正しい有効速度)がフェルミ面の垂線方向から大きくずれるため、ホール係数はもはやフェルミ面の曲率だけでは決まらない。こうして電子ドープ系のホール係数が負であることも解明された。
我々は久保公式に基づき、ホール係数に加えて磁気抵抗や熱起電力、ネルンスト係数を研究し、それらの異常な振舞いが「バーテックス補正」を考慮することにより、「反強磁性揺らぎの強いフェルミ液体」として自然に統一的に理解できること を明らかにした。我々の理論は高温超伝導体に限らず、反強磁性相近傍の金属一般で普遍的に成り立つ「量子臨界現象」を記述する理論である。事実、有機超伝導体であるκ-(BEDT-TTF)のホール係数の異常な温度変化も、我々の理論により説明できる。
さらに我々は最近、高温超伝導体の擬ギャップ領域での輸送現象を研究した。その結果バーテックス補正を考慮することで、ネルンスト係数及び磁気抵抗の急激な上昇が「強い反強磁性揺らぎと超伝導揺らぎが共存する金属」として自然に理解できることがわかった。この結果は、擬ギャップ現象の起源が強い超伝導揺らぎである とする(京大山田研や名大S研の)説が正しいことを強く示唆する。
本研究は高温超伝導体の異常金属相、特に擬ギャップ領域における電子状態の解明・特定に大きな寄与をもたらした。さらに強相関電子系の輸送現象の「温度依存性」におけるバーテックス補正の重要性を初めて指摘した仕事として、大変意義深い 、と思う。
バーテックス補正を取り入れて計算されたホール係数の温度依存性。T=0.1は約400Kに相当する。電子ドープの場合(n=1.10)、ホール係数は低温で負になる[論文12]。 なお、ホールドープ系において超伝導揺らぎによる擬ギャップの効果を取り入れた場合、擬ギャップ温度以下でホール係数や熱起電力が減少する振舞いを再現する[論文19]。
|
|
![]() |
本研究によりネルンスト係数は、超伝導揺らぎによるバーテックス補正の影響により、擬ギャップ温度以下で急激に増加することがわかった。同様に、磁気抵抗の擬ギャップ領域における急激な増大も、バーテックス補正の効果で説明できる[論文21]。
本研究は、「擬ギャップ現象」における「超伝導揺らぎ起源説」を強力に支持する。 |
●多体電子系における熱・電気的輸送係数の一般理論:
強相関系の輸送現象では準粒子間の相互作用に由来する「バーテックス補正」(q/ω<<1の場合のバックフロー項)が重要になることが多いが、Zimanの変分法などボルツマン理論に基づいた従来の計算手法では、その効果のsystematicな計算は大変困難であり、線形応答理論(久保公式)に基づく微視的理論の構築が不可欠となる。準粒子の減衰率はγk = ImΣk(-iδ)で与えられるが、1961年Eliashbergは久保公式に基づき,O(γk-1)の範囲で厳密な電気伝導度の一般的表式を導いた。彼の理論を有限磁場の場合に拡張して、ホール係数RHのO(γk0)の範囲で厳密な表式が河野・山田により導かれた(1987年)。これらの表式に含まれるバーテックス補正(前方散乱項)ΓIを,ワード恒等式 ΓI = δΣ/δGをみたすよう計算することで,各種輸送係数に対する保存則を満たす近似(Baym-Kadanoffの保存近似)が可能になる。
しかし、磁気抵抗Δρ/ρに対するO(γk-2)の範囲で厳密な表式は、解析が非常に煩雑であるため求められていなかった。我々は河野・山田のホール係数の理論を拡張し、各種ワード恒等式を活用し、磁気抵抗の一般的表式の導出に成功した。得られた表式は低温極限(γk/T<<1)では比較的簡単になり、 さらにすべてのバーテックス補正を無視すると緩和時間近似による結果と一致する。本研究により、磁気抵抗Δρ/ρに対する保存近似が可能となった。
また、熱流と電流が絡んだ輸送現象では、電子相関に関する更に詳細な考察が必要である。熱起電力S=-Ex/∇xTは与えられた熱勾配 -∇xT と発生する電場 Ex の比であり、またネルンスト係数 ν = -Ey/Bz∇xT は、磁場中熱起電力の非対角成分である。Littingerの線型応答理論('64)によると熱起電力は電流と熱流の相関関数より与えられるが、熱流のオペレーターは相互作用項に由来する2体項を含むため多体電子系では一般に複雑であり、バーテックス補正の理論的解析は過去不十分であった。我々は局所的エネルギー保存則から導かれるワード恒等式に着目して,Sやνに対する厳密かつ簡便な一般的表式を導出した。
本研究で得られた各種輸送係数の一般的表式は、高温超伝導体における輸送現象の理論的解析に活用され、強相関電子系におけるバーテックス補正の新たな役割が明らかになった。
●重い電子系における異常ホール効果、帯磁率、拡張された門脇・Woods比
「軌道縮退を有する重い電子系のGrand Kadowaki-Woods則」 辻井直人、紺谷浩、吉村一良、日本物理学会誌 60 (2005) 872.
1.重い電子系はCe、U等のf-電子軌道を有する原子を含む金属化合物であるが、これらの電子状態の理解には f-電子の軌道縮退を顧慮することが大切である。例えば殆どの重い電子系では、ホール係数は顕著な温度依存性を示し、絶対値は通常金属の100倍程度に達する。我々はf-電子の軌道モーメントに由来する「異常ホール効果」で
あると考え、久保公式に基づき異常ホール効果の一般的表式の導出に成功した。我々は低温の振舞いRH∝ρ2 を理論的に予測し、この振舞いは実際に普遍的に観測されることがわかった。本研究はKarplus-Luttingerに始まる内因性ホール効果の理論に対して、久保公式に基づく厳密な証明を与えた。
2.近藤絶縁体であるCe3Bi4Pt3やCeNiSn等では、基底状態は絶縁体であるにも関わらず巨大な残留帯磁率を示す。我々はフェルミ液体理論に基づく解析により、近藤絶縁体では一般に強相関効果によりバンブレック帯磁率がパウリ帯磁率並に増強される事を明らかにして、巨大な残留帯磁率の起源が明らかになった。
3.比熱係数γ と電気抵抗のT2の係数Aの比A/γ2は門脇・Woods(KW)比と呼ばれ、多くの重い電子系でほぼユニバーサルな値a0=1×10-5μΩcm(K mod/mJ)2をとり、強相関フェルミ液体理論に基づき証明される。ところが最近、Yb系重い電子系を中心に、多くの化合物でKW則が著しく破れることがわかってきた。この実験事実は、重い電子系の基底状態―フェルミ液体か、未知の非フェルミ液体か―に関する極めて本質的な問いかけであり、議論を呼んだ。
ところでYb系重い電子系では、近藤温度が結晶場分裂より大きく、Yb3+の全角運動量J=7/2の縮重度N=2J+1=8が基底状態に残る場合が多々ある。そこで我々はフェルミ液体論に基づき、一般の縮重度Nにおける「拡張されたKW則A/γ2 = 2a0/N(N-1)」を導出した[26]。この式でN=2とおくと従来のKW比a0を再現するが、N=4, 6, 8と増大するにつれて0.17a0, 0.067a0, 0.036a0のように急激に減少する。左図にN=2〜8の物質のKW比の一覧を示す。拡張されたKW則が良く成立していることがわかる。また右図はA'=2A/N(N-1)、γ'=2γ/N(N-1)
とおくことで、関係式A'/γ'2=a0 が成り立つことを示す。新物質開発によりN≠2の化合物が数多く合成された現在、「拡張されたKW則」が重い電子系を貫く普遍的関係式である。
Ce系、U系、Yb系重い電子系において、左図の従来のKW則はしばしば破たんする。一方、右図の一般縮重度Nの場合に「拡張されたKW則」は、多くの化合物で普遍的に成立する[論文29]。 |
●有機物超伝導体の状態相図、超伝導対称性:
κ-(BEDT-TTF)やTMTSFなどの有機物超伝導体はU〜Wbandである強相関電子系であり、実現される多彩な状態相図や超伝導状態は電子間相互作用が重要な役割を果たしている。我々は自己無撞着なスピン揺らぎの理論であるfluctuation-exchange (FLEX)近似に基づきこれらの系の電子状態の解析を行った。その結果、κ-(BEDT-TTF)における有名なP-T相図(鹿野田相図とよばれる反強磁性等と超伝導相が隣接している相図)の再現に初めて成功し、特に超伝導状態の対称性がd-波であることを導いた。こ結論はNMR等の実験結果と一致する。また我々はconserving approximationに基づきκ-(BEDT-TTF)の電気抵抗やホール係数を解析し、それらの振舞いを統一的に説明することができた。
また擬一次元系であるTMTSFでも同様な反強磁性等と超伝導相が隣接したP-T相図が成立するが、我々はFLEX近似に基づきその再現し、また超伝導の対称性をd-波と同定した。超伝導の対称性を決定する実験は現在進行中である。
![]() |
FLEX近似により得られたκ-(BEDT-TTF)の状態相図。赤線が超伝導転移温度、緑線が反強磁性転移温度を表す。T=0.02 は約15Kに対応する[論文10]。 |
●2次元量子スピン系の研究:
CaVnO2n+1は正方格子ハイゼンベルグモデルから、1/nのサイトを周期的に抜いた模型で表わされる2次元スピン系である。n=4の場合、この系の基底状態にはギャップが存在することが実験的に知られているが、我々は解析的・数値計算的手法を用いて、それがP-RVB状態と呼ばれる状態であることを理論的に明らかにした。またn=3では、低温で実現されるスピン秩序は古典的には不安定(準安定ですらない)であるが、これは量子揺らぎの影響で実現されることを示した。