(2001/9/25)

ICCG報告: G01結晶成長の基礎―-理論と実験―

 

上羽牧夫,古川義純,宮下哲,佐藤正英

 

G01セッションの報告を依頼されたが,チェアパースンであった上羽と古川は,会期中にそれぞれプロシーディングスのエディターとISSCG11の残務整理という仕事を抱えていて,ほとんどセッションに参加することができなかった.そこで宮下哲氏と佐藤正英氏に参加者から見たセッションの様子の執筆を依頼した.あとに続くのは二人の原稿に古川が内容を補足し,上羽が手を入れたものである.

このセッションには140名ほどが入れる大きな会場を用意したが,初日,開始早々のセッションでは立ち見客が出るほどの盛況で,この先どうなるかと心配したほどだった.徐々に参加者数も落ち着き,立ち見の心配はなくなったが,出席者の数は常に多く,セッションとしては成功であった.昨今,結晶成長も応用に目が行く傾向にあるが,G01セッションが成功を収めたことは,サイエンスとしての結晶成長もまだまだ捨てたものではないと参加者に強く印象づけたのではないかと思っている.しかし,結晶成長基礎というカテゴリーがあまりに広い意味に取られてしまったきらいがあり,講演内容にもバラエティがありすぎたようである.後の報告にあるように,他のセッションと較べても講演取り消しが多かったことは,このことが一因になったものと思われる.これはセッション構成が決まった当初から懸念していたことで,プログラム作成時にもある程度覚悟はしていたが現実のものとなってしまい残念なことであった.プログラムが穴だらけにならないように,参加が難しそうな発表者のものを各時間帯の後ろに固めたのだが,これが裏目に出た.特に最終日午後のセッションは悲惨で,座長が2人とも欠席してしまい,さらに半数の発表がキャンセルになってしまった.ここで発表された方には大変申し訳なかったと思っている.

最後に統計データを記録しておく.アブストラクトの送られた論文をT08など他のセッションと調整したあとプログラムに掲載された論文は,招待講演5件,一般講演96件の合計101件であった.メリハリをつけるため一般講演のうち15件を選び口頭発表の時間を15分とした.口頭発表が行われなかったものが全部で23件もあった.プロシーディングスへの投稿は42件である.著者が自発的に取り下げてJCGの通常号に再投稿されたものもあり,最終的にはこのうち20件ほどが掲載される見通しである.(上羽,古川)                           

 

G01セッションの座長が講演をほとんど聴けなかったということで,代わりにG01の報告をするように依頼された(バンケットの時に笑顔で「頼みますよ」と言われたので依頼には違いないのだが,目がすわっていたので断れなかった).セッションチェアによる他の報告とは少々感じが異なると思うが,一般参加者からみたG01の報告をする.G01では2日目(81)を除いて毎日講演があり,プログラム上には101のエントリーがあった.タイトルからわかるように結晶成長についてはなんでもありというセッションのため,参加する人それぞれの興味によって個々の講演に対する印象も様々であろう.すべてを見聞きしたわけではないが,私たちにとって特に印象に残った講演のいくつか紹介したい.

初日はまずアメリカのDe Yoreoの招待講演から始まった.原子間力顕微鏡(AFM)を使って溶液からの結晶成長の基礎過程を直接観察しようというもので,特にステップモルフォロジーについて議論していた.これと同じ講義をISSCGでも聞いていたので理解しやすい講演だった.内容はスクールの講義録(Advances in Crystal Growth Research” ed. K. Sato, Y. Furukawa and K. Nakajima; Elsevier, Amsterdam, 2001)に詳しく書かれている.

3日目(82)には,Bilgramによる3次元の樹枝状成長の形態形成についての招待講演があった.キセノンの過冷却液体からの自由成長の観察で,樹枝状パターンから海草状パターンへの変化とそれにともなう先端曲率半径と成長速度の関連などについて議論していた.前日に,フェーズフィールドモデルのセッションで形態形成の理論や計算機実験の講演を多く聴いたあとだったこともあり,実験ではこの講演が印象に残っている.

4日目(83)には,Billiaが一方向成長の実験に関する招待講演を行った.このセッションでは,一方向成長法による実験が長島(明治大学)らによっても報告されるなど,今もなおこの方法がパターン形成実験に有効であることが印象的だった.長島の話は,薄いセル中での塩化カリウム水溶液からの氷の一方向凝固の実験で,界面に沿った不安定化と厚み方向の不安定化の関連,溶液側対流への重力効果と界面不安定化の関連についての発表である.微小重力のセッションが盛況だったこともあり,重力の効果は無視できないという点が印象に残っている.安直な2次元モデルではだめで,溶液での流体の効果が効いてくるとなればモデルは複雑にならざるをえないだろう.薄いセル中での界面の3次元パターンの発展については,中国のChaolong Leeと塚本によってシミュレーションを行った結果が他のセッションで発表されていた.この実験と対になっているとより効果的だったと少し残念である.また同じ日にシンガポールのLiuによる発表があった.溶液成長中の結晶界面近傍に異物粒子が来たときに界面の不安定性が生じるため,異物の付近があたかもひげ結晶のように速く成長するというものである.コロイド結晶を使うと,溶液成長でもナノストラクチャーとはいかないまでも規則構造が作れるのではないだろうか.そんな予感をさせる発表だった.

最後の日(84)には実験的に興味ある発表がいくつかあった.一つはアメリカのVekilovらのAFMによる蛋白質結晶の液中での表面観察である.アポフェリチン結晶の表面観察を行い,鮮明な分子像により個々の分子の動きを明らかにしている(このAFM像はISSCG-11の講義録の表紙を飾っている).超高真空や電気化学反応ではなく,環境相内での観察である点が特筆に値する.走査プローブ顕微鏡を使った研究は,すでに「見た」という段階を通り越し,これを使って何をするのかが重要な段階にあることがよくわかる.また,蛋白質結晶が溶液成長研究のモデル物質として有力であることも確かめられた.(ただ,アポフェリチンという蛋白質結晶は,非常に対称性が良く,普通の蛋白質結晶とは趣が異なっている.また,誰でも簡単に研究できる系かというと疑問がある.) そういう意味では,G06セッションがあるにもかかわらず,G01で蛋白質をモデル物質に使った研究発表が多かったと思う.もう一つはオランダのHoogenboomらによるコロイド結晶を使ったエピタキシーの研究である.リソグラフィーにより格子を切った基板をコロイド溶液内に置き,この基板上にできるコロイド結晶を観察している.コロイド粒子は基板上の溝に吸着し,あたかもエピタキシー成長をしているように見える.基板格子間隔や基板とコロイドとの親和性を変え,この上に成長するコロイド結晶の様子を観察していて大変に興味深いものだった.界面近傍付近のコロイド結晶内の歪みをレーザー共焦点顕微鏡により観察しており,共焦点顕微鏡の特性を生かした優れた研究だと思う.これらの研究は結晶成長機構の研究をモデル物質と新しい手法を使って行っているといった点に特色がある.ただ,この会議での初めて発表された仕事という訳ではなかった.このほかに,箕田(東工大)の招待講演があった.Si(111)微斜面を通電加熱したときのステップの蛇行に関する実験で,蛇行の発生過程や電流と蛇行の波長の定量的な関連などについての発表である.報告者(佐藤)の研究と関連がある内容だが,実験の方が理論を一歩リードしているという状況にある.

さて,実験の講演に関する報告ばかりが続いたので,理論と計算機実験の講演についてもいくつか報告したい.初日の招待講演と最終日の講演で阿久津らが吸着子のある微斜面に関して,吸着子を介したステップ間の相互作用によりステップ密度が高い部分と低い部分(もしくはファセット)に相分離が起きることについて講演した.詳細な理論とシミュレーションが行われている.最終日にはPierre-Louisによる,カイネティク係数などのパラメータの振動があると表面の不安定化が起きマウンドやバンチが形成されるという講演があった.彼はT08のセッションでステップモデルにフェイズ・フィールドを考慮したモデルについての講演もしており,こちらも興味深いものだった.報告者(佐藤)の講演も最終日にあり,Si(001)を通電加熱した時のステップの不安定化を念頭においたモデルについて報告した.質問には少々的はずれの答えをしてしまったが,前回のICCGでは案山子のように突っ立っているだけだったので,少しは進歩したというところか? 最終日の午後には,実験を定量的なところから説明するような「現実系」のシミュレーションの発表があった.石井(鳥取大)GaAs(001)での吸着原子拡散の素過程について第一原理計算による研究の発表などである.その他の講演の多くも半導体材料に関しての発表であった.計算機の性能が向上するにつれ,このような計算機実験がますます重要になっていくのだろう.

講演以外で印象に残ったのは,G01では講演の取り消しが多かった点である.初日と最終日の午後のセッションでは途中から最後の講演まで立て続けに講演者が現れず,講演取り消しが連続した.最後の講演者も現れなかったときに,会場のなかの一人が「最後の講演(last talk)じゃなくて失われた講演(lost talk)だ」と言って(たぶん),会場に笑いが起きたのは印象的だった.参加者について言うと,聴衆の割合は国内と国外がほぼ半々くらいではなかっただろうか? その意味ではバランスのとれたセッションだったと思う.聴衆の中には結晶成長の教科書を書くようなお歴々が何人もいて15分以上の講演では盛んに質問をしていた.一方,若い人の質問も数多くあった.

以上が私たちのG01についての報告である.全体像はつかめないと思うが,座長からのものとは少し違った一般参加者の感想として,参考にしていただきたい.(宮下,佐藤)

 


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